唯一もらった賞が励みに
もりと:サンリオ美術賞の話を聞いてもいいですか。黒井さんのプロフィールによくこの受賞歴がありますけど、どういう賞なんですか。
黒井:これはきっと、やなせさんが気に入った人たちへの、イラストレーションの賞なんですよね。やなせさんが何を目指していたかというと、叙情画の復活。少女画とか、竹久夢二、中原淳一だとか、その叙情っていうものを復活したいと思って『詩とメルヘン』はつくられていたから、それに合致した人たちへの賞っていう。でも、残念ながら、イラストレーションはどんどん叙情と違う方向に向かっていった。
『詩とメルヘン』は憧れてた世界だから、サンリオ美術賞っていうのは、本当にうれしかった。そのときにやなせさんに耳元でささやかれたんだよ、「黒井さんはいい人そうだから、賞あげるね」って。「あと多分今後もらえないだろうから、僕があげとく」って。でもその通りだったね。絵本関係の賞って、ほかにもらったことないんだよね。
もりと:やなせさんから認められるって、夢のようですね。
黒井:やなせさんには支えてもらった。最近、やなせたかし文化賞の審査員をすることになって、むしろ私がもらいたい賞の審査員ばっかりやってるんだよ。「なんで私なの?」って聞いたら、「やなせさんの遺言です」って。本当かな(笑)。
表現を探す楽しさは、苦労ではない
もりと:『まっくろ』(高崎卓馬/作 黒井健/絵 講談社)について聞いていいですか。これも大変だったって。
黒井:いつも大変なんだよ(笑)。
もりと:あのCM(2002年公共広告機構CM)は僕も覚えています。絵本になるまでに20年ぐらい経ったんですよね。今から10年ぐらい前、黒井さんのアトリエに遊びに行ったときに、ちょうど資料が積んであったんですよ。「ずっとやっていて、これは長い闘いになりそうなんだよ。どうやって描いていいか悩んでて」って。どこが難しかったのか、聞かせていただけますか。
黒井:たった一言、「まっくろだけど やわらかい。」って言葉。CMでは入ってなかった言葉だと思うよ。「柔らかい黒って何だ?」と思った。次々出てくるのは「まっくろ」「まっくろ」「まっくろ」ばかりで、「え、これ、どうしたら本になるの?」って(笑)。
まず、その黒を描く画材を探した。いろんな黒い鉛筆を買ってきて、その中で一番柔らかい、ダーマトみたいなものを使った。次に紙を探して、今まで使ったことのない紙にして。
もりと:やっぱりCMも見ないで描いたんですか?
黒井:見ました。それで、CMを制作した高崎卓馬さんに、「このテイストのままでは絵本にならないので、ちょっとユーモラスにしたいんですけど」と伝えたんです。やや病的なイメージを緩和したいと。そうしたら高崎さんは即答せず、「……この主人公は、私なんですよ」と。そこでまず一致を見なくて、先へ進めなくなり、どうしたもんだろうと。それでも高崎さんは原稿をあげてきてくれて。そのユーモラスの度合いをどこに持っていったらいいかって悩みはじめちゃったのね。それが難しかった。「まっくろだけど やわらかい。」という言葉がずっと引っかかって、一体どんな黒なんだ、って。
もりと:担当編集者が、何人も代わったんですよね。
黒井:そう、約20年、のべ4人。講談社も高崎さんも、よくほかに持っていくと言わずに留保してくれたなと。長い間に高崎さんとも連絡が取れなくなってしまったのを、4人目の担当者が偶然高崎さんと知り合いで、引き合わせてくれて。そのとき高崎さんに「スケッチを描いてみてほしい」って言われて、描いて見せたら、「あ、こういう意味だったんですね、ユーモラスっていうのは。じゃあ大丈夫です」って。
でも、こんなに試作した作品はない。これは難しかった。紙まで変えるって結構勇気がいる、自分が普段使う道具をまったく変えてしまうようなものだから。小学校にも取材に行って、5月頃、まだみんな学校になじんでいない一年生の、図工の授業を見せてほしいと。全面的に協力してもらって、教室の様子を写真に撮って、タブレットに入れて。
あっ、でもこれは「苦労話」ではないからね。私はなんとかまともに表現しようと思って探してるだけで。探し物の楽しさって、あるじゃない。『ごんぎつね』の時も「そんな苦労があったんですね」ってみんな言うけど、「違うって、探しているだけなんだよ」って、ここではっきり言っとかないとね!(笑)
もりと:『うまれてきてくれてありがとう』(にしもとよう/文 黒井健/絵 童心社)もそうですけど、新しいものを出したらしっかり売れるのがすごい。それはその都度、時代に合ったものになっているからだと僕は思っていて。
黒井:いや、時代に合わせられないんだって。時代にも人の意思にも、合わせようったってできやしない。自分の絵で、これだったら15枚(絵本一冊の見開き原画数)、長丁場を付き合っていけるなっていう表現を見つけている。それでないと、途中で嫌になる。
もりと:市場調査とか、世の中で何が流行っているかとか調べます?
黒井:何も考えてないよ(笑)。人に好かれようとしたって、好かれないから。これは一般論だよ。好かれようとすればするだけ、好かれないから。自分でいるしかないし、人に好かれるようにしてたら疲れてどうしようもないでしょう。自分にとってそれを外してくれたのは、『ごんぎつね』なんだって。私は今を生きてるだけだから。
もりと:でもやっぱり、タッチが固まっていかないのが不思議なんですよね。
黒井:それはね、知らない自分を見たいんだと思うんだよね。それはやっぱり、『ごんぎつね』から得た快感だったんだろうと思う。
できるだけ自分でいられるように
もりと:今までたくさんの作家さんと絵本をつくってきて、また一緒につくりたい作家さんっていますか?
黒井:今は自分の絵にあきてるから、それを探していくことにも疲れてしまったので、ちょっとお休みしてるのか、それともやめたのか、よくわからない。
もりと:これから挑戦しようと思う作品はありますかって、聞こうと思ってたんですけど(笑)。
黒井:そういう勢いはないね、ご隠居さん状態で生きてる。
もりと:自分はなるべくね、生涯現役でいたいなって思っていて、ずっとこの仕事かはわからないですけど、とにかくずっとものをつくっていきたいなっていう気持ちがあって。いや、でもわからないな、その年になってみないと。
黒井:私はそれをやってきたと思ってるんだよ。その生涯が「いつまで」と決めてないような状態かな。今はひょっとして一休みしているのかもしれないし、もうそのエネルギーを失ったのかもしれない。気力体力っていうのは明らかに落ちてるから。出した本が再販されないっていうと、やっぱりもうそろそろだなと。昔からそう思ってたし、しがみついたところで、本を出しても売れなきゃ紙の無駄遣いと思ってたから、そこあたりは自分で決めないといけない。たまに「いいですね。定年がなくて」って言われるけど、冗談じゃない、廃業があるんだよ! って。
もりと:今日こうしていろいろお話を伺ったのは、僕の中で黒井さんについて勝手に思ってることの、答え合わせをしに来たつもりで。
黒井:答えは合った?
もりと:全然違う答えがいっぱいありましたね(笑)。いや、長くやっていく秘訣は、聞けたなとは思います。人に合わせて生きていかない方がいいなとも思ったし。
黒井:取り立てて秘訣と言われても困るんだよね。いや、本当にこればっかりはね。好かれようとしたって、続きはしないんだから。できるだけ自分でいられるようにするのが一番いいかなとは思うよ、それで誰かが自分の絵をほしがってくれたら、最高だよね。
もりと:ファッションイラストレーターを目指したときに、「男の人を描かなきゃいけないんだったらやっぱり無理です」って言ってた姿勢も、今と変わらないですよね。
黒井:自分の心が動くものを表現するのが一番だよね。それは苦労とは言わないじゃん。探し回ることだから。それが大事なのかなと思う。人の言った通りに描いてたら、続けられない。
皆さんのコメントに力づけられる
もりと:最後になんですけど、黒井さんの美術館、黒井健絵本ハウスについて。僕、黒部市美術館で自分たちの個展をやったときに、自分のもう1つの居場所というか部屋ができたようでうれしくて、でも会期が終わったらこの部屋がなくなっちゃうんだなっていう。あれがすごい悲しかったんですけど、黒井さんは絵本ハウスという自分の居場所が常にあるわけじゃないですか。羨ましい。そもそも、なんで絵本ハウスをつくったのかなって。
黒井:自分はときどき「これをやるんだ」って思い込んでしまうときがあって、「東京へ行くんだ」と思い込んでしまうように、「自分のギャラリーをつくるんだ」と思っちゃったんだよね。ものすごく忙しい時期で、お金がちょっとあったんだろうね。そのお金を使わなきゃと思ったんですよ。それでたまたま、えほんミュージアム清里のオーナーから、「隣に建てない?」と声がかかって。いやあ、隣は嫌だなと。でも、そのうちにそのまたすぐ近くの土地を売るって話があって、そこの地主さんは開拓者の奥さんで、そこの土地を誰にも手放さなかったんだけど、「絵本の作家さんになら手放します」と言ってくれたそうで。
その当時、声がかかって展覧会をあちこちで開催していたけれど、展覧会もいつかは無くなる。でも、自前の場があれば自分で展覧会をやって、自分で本も売れるし、ファンの人が来てくれて話も聞けると思って。なんとか続いてもう20年超えたよ。今は息子が運営してくれています。
もりと:じゃあこれからも、ずっと続きそうですね。ちなみに絵本ハウスは、黒井さんの絵だけを展示するコンセプトなんですか。
黒井:それが一番お金がかからない方法だから。展示の企画は、最近息子が考えて。来てくれる人のコメントを読んだりすると、本当に力づけられてる。「まだやってていいんだ」みたいな喜びはあるよね。「ころわんが好き」って人があまりに多くて、「ころわん」の本自体はもう絶版も多いんだけど。だから、キャラクターとして少し盛り上げられたらいいなと思って、ぬいぐるみをつくりはじめたの。まず500体つくって通販をはじめたら、一カ月でもう150ぐらいしか残ってない(2026年3月現在売切)。ありがたいことだよね。
取材日 2025.10.30
文:原陽子
写真:もりといずみ

