ギャラは交通費で全部なくなっちゃった

MORITORATION_Vol.4【後編】

ギャラは交通費で全部なくなっちゃった

小池アミイゴ Koike Amigosイラストレーター

理想とする姿

小池:20代はとにかくいろんな理想を追い求めて、月30本映画を観たり、本を読んだり、展覧会に行ったり、人と出会ったりして、自分の理想とする生き方と現実とをすり合わせていった。そして、俺がやりたいことって何だったんだろうって考えたんだよね。例えば、ある時期までずっと山下達郎さんのジャケットをペーター佐藤さんが描いてて、俺はそれがすごく好きで、それが自分にとってのクリエイティブな風景だった。だから、「ペーターさんみたいな仕事をするには?」って考えて、ここに生えてる草を覚えておこう、ここをもうちょっと耕しておこうっていうようなことを5年ぐらいやった。

もりと:それが「OUR SONG」(*2)?

LPレコードの数々

小池:それも含めてだね。自分も音楽やってたけど、音楽家とずっと仕事がしたかったから。渋谷系の時代は信藤三雄さんをはじめ、いろいろなグラフィックデザイナーがいて、音楽家とわちゃわちゃ話しながら、これでいこうよって笑いながら作ってたんだよね。そういうことを俺もやりたかったけど、同時にもうちょっと音楽に沿った、お客様が大切にしてくれるものを作りたいとも感じてた。そのためには、ペーターさんと山下さんみたいなアーティスト同士のリスペクトが必要。同じテーブルに座って、どういうものにするか、資金をどうしようかとかやりたかったんだよね。それでイベントを作ることからはじめて、音楽家と仕事しようとかそういう流れができていった。

もりと:それは、あくまで絵の仕事として、ですよね?

小池:いや、自分もレコーディング参加したり、ライブに必要な機材がないと買い集めたりしてた。そういえば、クラムボンのジャケットは20年ぐらい経っても、へたらないものを作りたいと思って作ったんだよ。これなんか、全部現場に行って絵を描いた。西表島、竹富島、春日、ニューヨーク、スタジオのある小淵沢、全部覚えてる。ギャラは交通費として全部使っちゃった。

もりと:アミイゴさん、そういうのが多いですよね。

クラムボンの初期作品限定版アナログレコード
「id」ジャケット裏に描かれた西表島、竹富島の絵

小池:そうなんだよね。『Hanako』で連載してた渡辺満里奈さんの「甘露なごほうび」とかもそう。木曜日か金曜日に原稿が来て、週末に原稿に出てくる店に行って食って、描く。6万円のスッポンとか(笑)。いい仕事だった。

もりと:アミイゴさんがインディーズの人たちと仕事することが多い理由がわかってきました。

小池:音楽関係だと自分たちで制作する人もいるじゃん、そういう人たちとは直接コミュニケーションして、自分たちがこれからもバンド続けていくとして、いくらなら出せる? って話をしたりもする。3万円しかないんですって言われたら、いいよ3万円で。たくさん作ってたくさん売れよ、それでいいじゃんって思うんだよね。

もりと:すごいな。マネしちゃいけないけど(笑)。

小池:絶対だめだよ。ただそれを積み重ねたら、もうちょっと大きい仕事がくるんだよ。

もりと:ギャンブルですね。

小池:ギャンブルじゃないさ。3万円とか5万円の仕事もそれが自分のポートフォリオになるし、金もらってそれができるんだから。しかも、その音楽を聴いて、自分が思いがけない世界を作っていくわけでしょう。1人で世界観を作っていくわけじゃなくて、いま音楽やってる子たちといま必要とされるビジュアルを一緒に考えるわけだから、そうしたら負けないじゃん、イラストレーターとして。

*2……アミイゴさんによる歌と音楽のためのイベント企画。過去にはデビュー前のクラムボンやハナレグミが出演し、さまざまなアーティストの出会いの場として機能して、多くのコラボレーションを生み出してきた。

アトリエには、画材だけでなくギターやタンバリンなどの楽器も

みんなで一緒に作りたい

もりと:デザイナーの相棒みたいな人はいますか。

小池:九州に1人、沖縄に1人。最近はずっと沖縄の奴と組んで、仕事してる。結構アートディレクションみたいな仕事まで頼まれるんだよね。これはアートディレクターとかデザイナーが必要な仕事じゃないですかって言ったら、クライアントが提案してくれたりもするんだけど、だいたいダメダメなんだよ。だから、このバジェットのなかでデザインもやらせてくれませんかって頼んで、俺から依頼してる。

もりと:アミイゴさんにアートディレクションまで任せたいって思ってるお客様が増えてるんですね。

小池:すごく増えたね。予算がなかったり、印刷にこだわりがなかったりとかいろいろ問題はあるんだけど、そういう仕事を引き受けてどうにかコミュニケーションして、ちょっとでもいいもの作ったらみんな喜んでくれるし、世の中もハッピーになると思う。立派なものばかりが仕事じゃなくてさ。

もりと:なるほどなぁ。デザインのお話ってあんまり聞いたことがなかったから、訊いてみたかったんですよね。アミイゴさんの絵本『とうだい』のデザインは柿木原政広さん(10inc.)ですよね。どうでしたか?

小池:最高に楽しかった。作画が終わった段階で作者の斉藤さんと柿木原さんと編集者で絵を並べて、みんな自分が考えてきた台割をもとにいろいろ相談して。俺もここは絵で表現するから、言葉を変えませんかって提案したりして、そういうセッションを2~3回やったかな。

絵本『とうだい』(文:斉藤倫/福音館書店)

もりと:文章にも口を出せたんですね、いいですね。

小池:最初は怖かったけどね。でも、それは否定じゃなくて、すごくポジティブなコミュニケーションだからすごく楽しかった。終わったあとも脳みそが喜んでるような感覚。

もりと:すごく楽しそう、いい仕事でしたね。やっぱりイラストレーションだけじゃなくて、全部みんなと一緒に作っていきたいっていう気持ちが強い人なんだなぁ。

小池:関わる人がそれでいいんだったら、みんなで一緒に作りましょうよって言いたいですね。そういえば小山薫堂さんとの天草での仕事もそうで、俺が天草の風景を描いて、企画に賛同した市の職員は2,000円払えば、その絵を自分の名刺に使えるってプロジェクトで、結果249名もの人が手をあげてくれたんだよね。最初は30枚ぐらいの予定だったけど、260枚描いて、そのうち100枚が実際使われた。

もりと:1人2,000円は破格ですよね。

小池:地方ではイラストレーターなんて仕事、みんなピンとこないだろうから。でも、結局50万円になったんだよ。

もりと:そっか、そう考えるとすごいですね。いや、でも260枚は描きたくないな(笑)。

天草の風景を描いた名刺
天草の風景を描いた名刺

小池:薫堂さんの仕事のスタイルが、コミュニケーションとフィールドワークなんだよね。コミュニケーションして、関わる人もスキルアップをするって素晴らしいよね。これは、そのあとに薫堂さんとやった羽田空港の仕事。

もりと:本になったんですね。確かこの絵を大きく引き伸ばして、羽田空港の大きな電光掲示板で展開したんですよね。

小池:そうそう。イラストレーションをめぐる力強さ、インパクトの話を思うと、このへなちょこでふにゃふにゃした絵がパブリックな場所にでかく並ぶなんて画期的なことだったよね。本当にこれはわらしべ長者みたいな仕事だったな。

羽田空港のプロジェクトを1冊の本にまとめたもの

これからイラストレーターを目指す人たちへ

もりと:最後にアミイゴさんの「目標と使命」について教えて下さい。代々木八幡駅近くの壁に子どもたちと一緒になって描かれた壁画も、目標というか、これからどんどんやっていきたいことなのかな。

小池:いまは東京の街の変化に対して、環境を作りたいんだよね。被災地に通ってると間違いなく1枚の絵が必要とされてることがわかる。だから、復興庁の人にもそういうことを伝えたんだけど、橋や道路を作るための予算だから、そんな余剰はないって言われちゃった。でも、やっぱり必要なんですよ。コンクリートの護岸を作られちゃった場所とか、個人のやっているお店とか、1枚絵があるだけで生活豊かになる。でも、俺1人でやって、俺が死んで終わりじゃまずい。だから、ワークショップとかで子どもたちがちょっとでも経験値を高めたり、問題意識を持ったり、おじさんと絵を描いて楽しかったなって思ったりしてもらって、そういうことが10年、20年後なんらかにつながればって、そこまで考えてやってるかもしれない。

子どもたちと一緒に描いた代々木八幡高架下の壁画

もりと:未来への投資ですね。対象は子どもですか?

小池:いや、大人も。最近提案しているのは、まず大人にやってみてもらうこと。っていうのは、子どもの面倒だけだともったいないから。もしその地域の大人がそういう目を持っていたら、次から俺がもう行かなくて済むよね。

もりと:そうか、その活動が壁画とかにも活かされていってるんですね。

小池:そうだね。地域の80歳ぐらいの人たちが面白がって東京都から金出させるとか言って、面白いんだよ。地方でそういうことをやっているうちに、自分が住んでいる場所でもそういうことができるようになって、じゃあこのエリアを最高の場所にしようって発想が出てきた。あの壁画に「富ヶ谷モデル」って名前をつけたのは、どういうコミュニケーションやお金の流れで実現したのかを明確にして、ほかの土地に持って行こうって気持ちがあるからなんだよ。どんなアートなのかってことよりも、どういうコミュニケーションがあったかが大切で、あなたの土地でもできますよ、必要だったら声かけてくださいっていう合図。もう歩くSDGsさ。

「#とみがやモデル」というプロジェクト名もきちんと明記

もりと:これから絵で食っていこうって人たちは是非マネしてほしいですね!

小池:やんないと仕事ないよって言いたい。昔はギャラもよくて、2カ月ぐらい欧米に行って、そういうものを描けばありがたがられたから、そういうライフスタイルでよかった。でも、いまみたいに情報が飛び交うなかでイラストレーターが1人海外に行って絵なんて描いてもしょうがない。そういう時代に何を見て、表現の引き出しをどれだけ作っていくか。その引き出し1つ1つにコミュニケーションの糸がたくさんあって、それは人脈って言葉じゃ絶対ないんだよ。

もりと:友だち?

小池:だと思う。ちゃんと利害関係を共有できる友人を作っていくこと。震災の話になるけど、その土地に1人友だちがいると、その人のためにできることが発生するし、その人から得る情報はものすごい。人との関係をショートカットして、ウェブで情報を集めるとみんな同じ絵になるよ。それじゃつまらないよね。

もりと:そうですね。お金も大切だから、アミイゴさんみたいなやり方は最初は大変かもしれないけど。

小池:わらしべ長者は大変じゃないよ、楽しいよ。

もりと:楽しいだろうけど、アミイゴさんだからこういう仕事ができてる気もする。

小池:「アミイゴさんだから」っていうのは、ずっと言われる。でも俺にとってコミュニケーションは本当に大切なことなんだよね。俺はすごいって言ったってさ、そんな儲けてないし、こんな汚い部屋にいるし、しょっぱいじゃん。ただ、結構早い段階でザ・チョイスで受賞したりすると、ある種の域に到達したとか、自己の殻を脱皮したとか言われて、みんな変なキャラ作っちゃうんだよね。ぬるいスターシステムに持ち上げられて、すごいね、すごいねって言われるけど、そんなんじゃないよって言いたい。他人からの評価よりもっとリアルな自分を構築しようって。そこを突破する人が残るわけでさ。経験則だけど、若い時に「センスがいいので、それを活かしてイラストをやりたいです」って言った人で残った人は1人もいないな。

もりと:センスで仕事はするな、ってことですか?

小池:断定はしたくないかな。だって、センス磨いた方がいいよ~とか言って、みんな潰れてほしいじゃん(笑)。

取材日 2020.8.22
文:MORITORATION編集部