絵を描いている時の自分は、自分じゃないような気がする

MORITORATION_Vol.2【前編】

絵を描いている時の自分は、自分じゃないような気がする

林青那 Hayashi Aona画家

彦坂木版工房・もりといずみが、さまざまな作り手にインタビューする「MORITRATION(モリトレーション)」。第2回は黒と白で力強く、味わい深い絵を描き続けている画家・林青那さん。出会いは青那ちゃんが働いていたとある雑貨屋で、彼女はお店で働きながら絵を描いていました。僕が彼女の絵を見てすっかりファンになってしまったその時から数年を経て、今回は久しぶりの対面となりました。

子どもの頃から大人になるまで

もりといずみ(以下もりと):青那ちゃんはどんな子どもだったの? やっぱり昔から絵が好きだった?

林青那(以下林):小さい頃からずっと絵は描いていましたね。でも、天才が描くような爆発的な絵ではなかったですよ。

もりと:セーラームーンとか?

林:セーラームーンは大好きだったのでよく描きましたね。あと、5~6歳の頃に「まるまるまるまる」「とげとげとげとげ」「ぎざぎざぎざぎざ」っていう人の顔にとげやまるがいっぱいついているシリーズの絵もたくさん描いてました。

もりと:ご両親は絵に興味がある方々なの? どんなお仕事をしているの?

林:両親とも美術は好きだったと思います。父はフリーの編集者なのですが、シュールレアリスムが好きで、昔から家にはエッシャーのポスターがたくさん飾られていたのを覚えています。“青那”という名前は青一色の作品を作ったイヴ・クラインというフランスの芸術家にちなんで父が名づけてくれたんです。

もりと:なるほど、珍しい名前だなぁと思ってたよ。

林:父が仕事で持って帰ってきた原稿用紙の裏に絵を描くのが恒例でした。母も絵を描くのが好きな私に小学生から通えるアトリエを探してくれたり、自作の塗り絵を作ってくれたり。子どもの頃から、自由に絵を描かせてくれる環境は大きかったですね。

もりと:そういえば、高校から美術科なんだよね? 珍しいよね。彦坂も美術科のある高校に通ってたけど、両親は最初は反対だったみたい。美術を勉強しても食べていけるのは美術の先生くらいだ、っていう考えがあったって。

林:普通はそうかもしれないですね。わたしは勉強も運動もまったくできなかったので、そもそも絵を描く選択肢しか考えなかった。両親や先生も同じ考えで美術科のある高校に行かせてもらったんですけど、高校が楽しかったかと言われればそうでもなくて(笑)。美術科にも美術が好きじゃない子もいたし、みんなそんなに頑張っていなかったんですよね。その頃の私は「早く大人になりたい、就職したい」って気持ちが強かったので、卒業後は3年制の桑沢デザイン研究所のデザイン科に進学しました。アートで食べていくなんて考えは現実的じゃないけど、デザインなら絵も活かせるし仕事にできるかなと思ったんです。

もりと:高校生の頃からそうやって考えて行動できるのは早いよね。

林:ませていたのか、早く自立して社会貢献しなきゃって思ってたんですよ。いまは真逆ですけど、10代の頃はすごく真面目でしたね(笑)。

もりと:じゃあ、桑沢でがっつりデザインを学んだあと、デザイン事務所に就職したの?

林:それがしてないんです。1年生で就職したい会社を見つけてからはそこへアルバイトに行ったりもして、就職のためにいろいろと行動していたんですけどね。卒制の時期に根を詰めすぎたのかいろいろあって身体を壊して、卒業もギリギリの状態になってしまって。なんとか卒業はできたんですけど、就職はできなかった。それからですね、大きく考えや生き方が変わったのは。とりあえず実家に置いてもらって、半年くらい絵を描くこと以外は何もしませんでした。

もりと:桑沢の頃もずっと絵は描いてたの?

林:絵はずっと描いてました。職業としてデザインを学んだ方がいいと思っただけで、実は小学生の頃からイラストレーターになりたいという夢は密かにありました。だから、絵を描くのが好きなのはずっと変わらず。桑沢時代は友だちとグループ展を開いたりもしていました。

もりと:その後はどうしてたの?

林:社会復帰じゃないですけど、アルバイトを始めたり、父の仕事を手伝ったり。主にデザインの仕事が多かったんですけど、父が担当している書籍の挿絵を時々描いたりもしていました。ずっと家にいるし、できることがあればやるって感じで。

もりと:それが最初の絵の仕事?

林:はい、それが初めて世に出た仕事です。

毎日の過ごし方、絵を描く時の自分

もりと:最近は毎日どんなタイムスケジュールで生活しているの?

林:朝は弱いんですけど目が覚めるのはわりと早くて、6~8時には起きてます。朝日とともに目覚める感じで。そこから布団のなかで瞑想というか、いろいろと考えたり、メールを返信したり、布団のなかでできることをやって。その後のんびり活動し始めて、家から10分くらいの距離のアトリエにお昼までには行って、日が暮れたら家に帰ります。

もりと:意外と早いね! 夜は仕事しないんだ。

林:締め切り前以外ですけど。できるだけ、徹夜はしないようにしています。体力もないし、すぐ体調を崩すのでほかの人より頑張れないし、頑張りたくなくて……。本当はこういうこと大きな声で言ってはいけないんでしょうけど、自分は、生きてるだけでいい。ちゃんとご飯を食べて、ちゃんと生きてるだけで合格だと思っていて。まぁ実際仕事をしていると、100%そういうわけにはいかないんですけど、なるべく自分の体力を考えて調整したり、してもらったり。

もりと:高校生の頃と全然変わったんだね。悟りが早い(笑)。毎日どんな風に絵を描いているの?

林:身体を壊してから本当にかわりましたね。あまり心身に負担をかけないようにしてます。私は、毎日調子よく描けるわけじゃなくて、差がすごく激しいんです。描こうと思いつつもアトリエにうずくまって終わる日もあれば、100枚くらい描ける日もある。なかなか難しいんですけど、描けない時はどうにかして時間をかけて自分をそっちのモードに持ってかなきゃいけない。なんだろう、個展の作品や抽象画を描いている時は自分じゃないような気がしています。おそらく二重人格とかではないし、自分でもよくわからないんですけど、いまもりとさんと話している状態の自分では描けないんですよ、あの絵は。

もりと:いま話してる青那ちゃんと、絵を描いている青那ちゃんは違うんだ。イラストレーションの仕事の時は、いま僕と話している青那ちゃんなの?

林:そうですね、結構理性がある状態です。

もりと:別人に変わった状態で絵を描くのは楽しい?

林:別人なのかはわからないですけど、描いている時は意識が半分飛んでいるような感じで、その間のことが思い出せなくて。だから、私にとって絵を描くことは“楽しい”って感じではないんですが、無になれるので、そっちの方がストレスなくできてる気がしますね。

もりと:イラストレーションは食べていくための仕事って感じなのかな?

林:う~ん、どうだろう。それもありますけど、食べていくためというか……あまりに条件が合わないとかではない限り、基本頂いたお仕事は断らないようにしていて。

もりと:え、そうなの? すごくブランディングして、仕事を選んでるのかと思ってた。じゃあ、依頼する人はみんな「これは青那ちゃんにお願いしたい」って思って、なんだろうね。それってなんかいいね。

林:全然選んでないですね(笑)。でも、やっぱり私のことをわかって頼んでくれるクライアントさんが多いのかなと思います。ありがたいことに、自由にやっていいよってスタンスの依頼が多い。でも、全然やりたくない、できないなっていう依頼ももちろんありますよ。

もりと:どういうもの?

林:私は基本的に静物や抽象を描いてるけど、人を描いて欲しいって言われたり。断るのは贅沢だと思うし、少しは挑戦心もあるから一応ちゃんとやるんですけど、大きく公表しないようにしています。

もりと:なるほど、そういう仕事は内緒にしているんだね。

取材日 2020.1.25
文:MORITORATION編集部

後編に続く>>