日々の積み重ねのなかで

MORITORATION_Vol.1【後編】

日々の積み重ねのなかで

きくちちき Kikuchi Chiki絵本作家

絵本の制作

もりと:ちきさんの絵本って、最初に手作りのオリジナル絵本を作って、それが後に出版社から出ることが多いですよね。そういうやり方をしてきたことが、いまのような絵本に繋がっているのかな。

きくち:内容もだけど、モノとしての絵本も好きなんです。最初に衝撃を受けた絵本も布装で箔が押してあったりして、モノとしても魅力的だった。その時に絵本をトータルでやってみたいって思ったことは、多分いまに繋がっています。デザインもいろいろ工夫できるならそうしたい。自分でやってもいいんだけど、信頼できるデザイナーさんたちがいるので彼らにお願いして。そうやっていいものを作りたいって気持ちは、最初から変わってないですね。

もりと:ちきさんがなぜデザインにこだわっているのか、納得しました。デビュー作の頃から、そういう絵本の作り方や、作品の勢いは全然変わらないですね。

きくち:僕がっていうよりは、デザイナーさんが頑張ってくれてるんですけどね(笑)。

もりと:でも、手製本の印象がやっぱりあるから、ちきさんと絵本を作る時はみんなそういうものを作りたいって思うんじゃないかな。

きくち:凝ったものしか作りたくない人だって思われている節はある気がしますね。

もりと:実際そうですよね?

きくち:僕はふつうのも好きなんですよ。もちろん凝ったものも作りたいけど、機会があればって感じです。

もりと:絵本を描く時に、子ども向け、大人向け、ということは考えますか?

きくち:対象年齢を考えないで描くのが好きですね。それは出版社の方が決めればいい。

もりと:いつもテーマをもらって描くんですか?

きくち:テーマを下さる方もいれば、自由にって言って下さる方もいて、それぞれです。自由な時は好きなものを描きます。

もりと:こう言ったら語弊があるかもしれないんだけど、溢れるようにアイデア出てくるってことですよね。僕たちはテーマがないと描けないです。

きくち:溢れるほどでは……(笑)。絞り出してますよ。漠然と描きたいものを形にするって、すごく難しいじゃないですか。でも、そういうのが好きでやってるので大丈夫。

もりと:そこが楽しいんだね。ちなみに、作と絵が別の絵本って作りづらいですか? 例えば小野寺悦子さんとの『もじもじこぶくん』(福音館書店)とか。

きくち:あの絵本は作りやすかったです。福音館書店の編集長さんがすごいんですよ。僕の絵を理解して選んで下さってるから、最初は「描けるかな?」って思ってても、描き始めると描きやすくて。いつも新たな扉を開いてくれる。

もりと:最初の作・絵が別の本ってなんだっけ。

きくち:デビュー作でもある、どいかやさんとの『やまねこのおはなし』(イースト・プレス)。どいさんは有名な方なのに僕でいいのかなって思いながら、ただただ必死で描きました。そのほかだと、石津ちひろさんとの『わたしのひみつ』(童心社)や中川ひろたかさんとの『みんな生きている』(小学館)とか。

もりと:意外とたくさんありますね。どういうところが難しいですか?

きくち:うまく応えられなかったな、って思うことはたくさんあります。自分の作品は好き勝手できるけど、ほかの人が書いたお話だと「どう描いたら正解なんだろう?」って悩んじゃう。自分の作品っていう感覚にはなかなかならないから、そのへんが難しいです。

もりと:ベテランの人たちが書いた文章だと、プレッシャーもすごそうですね。

きくち:プレッシャーだねぇ。

もりと:依頼を断ったことはないですか?

きくち:ないですね。やってみないとわからないから。これは難しかった、って思うことはありますけど。

もりと:それがすごいよ。僕は絶対迷惑かけちゃうからって断って、違う人を紹介したりする。ちきさんは冒険家ですね。

きくち:いやすごくないよ、とにかく1回はやってみたくて、違ったら次は断ろうって気持ち。

もりと:なるほどなるほど。

きくち:普段自分が考えないようなことにチャレンジできる立場だから、マイナスはないんですよね。失敗したら申し訳ないけど(笑)、新しい扉が開けば自分にとってプラスになるし、いいものが描ければみんなに喜んでもらえる。ただただプラス思考なだけなんです。

もりと:絵本のほかにやってみたいお仕事ってありますか?

きくち:たまに装画とか描かせてもらうと楽しいです。でも、やっぱり絵だけ描くのって難しくて、そんなに得意ではない気がしますね。物語があるから描きたい、って思うのかもしれない。

体験の蓄積

もりと:ちきさんの絵に出てくる動物や人が走ったりする時の動きの勢い、あれって全部想像なんですか?

きくち:想像ですね。

もりと:図鑑とか映像とか、何も見ない?

きくち:昔は暇な時に図鑑や画集を見てました。最近は息子と動物園に行った時に、この動きができるってことは骨格はこうなってるんだろうなって考えたりします。情報の蓄積があれば目の前になくても頭のなかで動いてくれるので、描く時は特に何も見ません。そこはあまり苦労してないですね。小さい頃から描くのが好きだったからできるのかもしれない。

もりと:北海道にいた頃に野生動物を見たりとか、そういうのはなかった?

きくち:しょっちゅうでしたよ。鹿や狐を見た記憶が鮮明に残ってます。札幌や釧路、帯広などを転々としていたんですが、いつも動物や植物に囲まれていました。それがそのまま活きて、絵本を作ってますね。

もりと:絵やデザインなどに対する美的感覚はどこで磨いているんですか。

きくち:昔は美術館に行ったりもしてたけど、息子が生まれてからはそういうことが頻繁にできなくなったんですよね。あえて言うなら、いいデザイナーさんと仕事をすることかな。最近いろいろなデザイナーさんと仕事ができてすごく楽しいんです。だから、自分で美的感覚を養う努力はあんまりしてないですけど、植物を見たり、庭いじりをすることもその1つかもしれませんね。『もみじのてがみ』(小峰書店)の時は編集の方と高尾山に登ったり、北海道に帰省するタイミングで紅葉を見に行ったりしました。そういうのはすごく助けになりますね。やっぱり本物を見ると違います。

もりと:よく考えるとデザインや建築の勉強はいろいろしたけど、絵の勉強はしてないんですね。子どもの頃の絵といまの絵って、全然ちがいますか?

きくち:子どもの頃から色鉛筆や水彩を使ってたので、似てるかもしれない。そういえば最近実家で僕が2歳の時に描いた父の似顔絵が出てきたんですけど、やたらと上手で衝撃が走りました(笑)。これいま描きたいわ~って思いながら、本当に小さい時から絵を描くのが好きだったんだなぁって。日頃描いてると悩みは尽きないけど……。

もりと:悩みあるんだ!

きくち:ありますよ! 気持ち悪くなるくらい描かないと完成しない。すんなりとはいかないですね。

もりと:気持ち悪くなるくらい描かないと、いいものは描けない?

きくち:そうとも限らないんですけどね。でも枚数に頼る時は、とにかくたくさん描きます。

もりと:すごく面白いね。最近楽しいのは庭いじりですか?

きくち:楽しいですよ。新芽の時はこんな色なのに、葉が大きくなるとこんな色に変わるんだ、とか。生々しさやパワーを感じます。

もりと:さっきの紅葉と同じで、ヒントが詰まってるんですね。本物そっくりに描かれるわけじゃないけど、そこにリアルさがあるのはそういうことなんだろうな。ちきさんの絵を見てると、すごくリアルに想像できるから。

きくち:たまたまですけどね。でも、たまたまって僕すごく大事だと思っていて。普段からそういう思いで自分を解放して、入ってきたものは素直に取り入れて、たまたまを導き出せるようになりたい。

もりと:溢れ出る経験がそのまま絵になってる感じがするのは、そうやって常に意識してるからなんですね。

きくち:意識したいんですけど、そんなにはできてないです。子どもの頃からの蓄積がいま活かされているような気がしますね。

もりと:絵本に伝えたいことを託したりしますか?

きくち:できあがってから「こういうことが伝えたかったのかな」って感じることはあるけど、最初からテーマがあるかと問われると違うと思います。

もりと:僕たち、いままで伝えたいことがあんまりなかったんですよ。内容云々っていうより、いい絵が描けたっていう気持ちの方が大きくて。でも、いま学研の編集長さんと作ってる絵本はちょっと違う。テーマが決まってない絵本は引き受けないことにしていたんだけど、編集長さんの熱意に根負けして“テーマ”から考え始めたら、伝えたいことがないと作れないことに気づきました。子どもがどう感じてくれるかを考えたり、教えすぎるのもよくないかもしれないって悩んだりして。「ちきさんもそういうところがあるのかな?」って気になって聞いてみました。

きくち:僕もそういうことに、すごく悩むタイプですよ。息子が生まれてから、悩みが余計に増えました。得るものもすごく多いですけど、悩むことも増えましたね。文章がどうしても説明っぽくなっちゃったりして、よくないなって思ったりして。

もりと:でも、どこかでちきさんのエッセイを読んで、すごく文章が上手だと思いました。

きくち:文章だけで完結してるものはいいんですけど、絵本は絵と文章どっちも活きないといけないから。文章が勝っちゃうと絵で伝えたい部分が少なくなっちゃうし、絵で頑張りすぎると今度は言葉が……。だから、その時々の息子の反応をすごく気にしてしまったりします。彼のためだけに描いているわけじゃないんだけど、すごく葛藤がある。根本的に、僕の絵本はそんなに好きじゃないと思うんですよね。

もりと:えっ!?

きくち:原画描いてる時は「パパすごい! 上手!」って食いつきがよくて、今回は間違いないぞって思っても、出版された時には興味がなかったりする。息子の興味のあるものをヒントにして、後追いで絵本を作ることも多いから。

もりと:息子さんのお気に入りの絵本ってどれですか?

きくち:最近だと『もじもじこぶくん』がすっごい好きです。

もりと:作と絵が別だし、息子さんを見て作ったわけじゃないからってことかな。面白いですね。

きくち:絵のモデルにはなってるんですよ。息子も当時もじもじしている子だったので、そのタイミングにバッチリあってて。何回も読みましたね。

もりと:やっぱりいまの生活があるから描けるんですね。

きくち:そうですね、だいぶ助けられてます。子どもが大きくなって一緒に遊ばなくなっても、絵本描けるかなっていう不安もあるけど。どうなるかな。

毎日の過ごし方

もりと:毎日どんな風に過ごしてますか?

きくち:朝夕は息子との時間なので、昼間の空いてる時間に仕事する感じです。夜は一緒に寝ちゃうと起きられないので、仕事したい時はママと寝てもらって、僕は仕事を。

もりと:息子さんとの時間が多いですね。というか、よくそれで仕事できてますね。

きくち:いや、やばい時は寝ないで仕事してます……。

もりと:で、昨年に身体壊して入院しちゃったんだね。ご飯は3食食べてます?

きくち:がっつり食べちゃうと眠くなっちゃうので、忙しい時は食べないですね。と言いつつ、お菓子はよく食べてます(笑)。身体によくないので、本当はあんまりこういうこと言いたくないんですけどね……。

もりと:身体を壊したあと、生活を変えたりしましたか?

きくち:東京に住んでた時は栄養ドリンクを浴びるほど飲みながら、ご飯も食べずに寝ないでずっと仕事してました。やばいなって思っていた時に引越しをして、そこからは栄養ドリンクとか甘いものを止めたり、油物を控えたりして。最近はなるべくいい生活をしたいなって心がけてますけど、やっぱり徹夜した時はちょこっとお菓子食べたりしちゃいますね。

もりと:とはいえ、やっぱり無理しちゃうんですね。

きくち:時間が足りなくて……。どうしても息子と遊びたいんですよ。両親のどちらかが忙しくて一緒にいられないと、いつの間にか息子がストレスを抱えてしまって、それが顕著にあらわれる。だから、彼がなるべくそうならないように一緒に過ごす時間を大事にしたい。

もりと:2人ともずっと家にいる家庭ってあんまりないけど、息子さんにとってはそれが普通だから。

きくち:どちらかといえば僕がベタベタしたくて、最近ちょっと嫌がられてる傾向もあるんですけどね(笑)。

手を動かすことの大切さ

もりと:これで最後。“これから絵でご飯を食べていこうと思っている人”に一言お願いします。

きくち:あはは、苦手なやつです(笑)。僕が言っても説得力がないんですよね。本当にただただラッキーだったなって思うから。最初から絵本作家を目指してきた人とはちょっと違う感じがする。

もりと:じゃあ、絵本作家を目指す人はまず何をするといいですか?

きくち:手を動かすといいんじゃないかな。動かせば動かすほどいい気がします。

もりと:絵を描くだけじゃなくて、手製本とか工作とか、思いつくことはとりあえずやってみるって感じかな。

きくち:そうですね。僕は描いているといろいろな発想が出てくるんですよ。まず手を動かさないと、頭だけではどうにもならない部分が多い。……でも、本当に作りたかったら誰かに言われてやることじゃなくて、自分からやることだから。自分から何もできないんだったら、本当はやりたくないんじゃないかな? 僕は絵本作家になりたいっていう気持ちはなかったけど、作りたいからどんどん作ってただけで。

もりと:そういう人が絵本作家になるんだなぁ。でも、やっぱりそうですよね。そうじゃないとなれないし、続かない。

きくち:やっぱり最後は気持ちが強くないと続かないですね。あと、いろんなものを見に行ったりするのも大事です。

もりと:ちきさんの場合は、生活のなかのものがふっと作品になるから特にそうですよね。

きくち:ヒントはきっと山ほどあると思うので、そういうところで気づけるか、気づけないかはその人次第というか。心の目を常に開いておかないと。

もりと:アンテナを張るような?

きくち:頑張って見るって感じじゃなくて、なるべく自分を解放してふっと入ってきやすくしてあげるのが大事かな。

もりと:いまのいい言葉ですね。

きくち:息子が生まれてから、余計にそう思った気がします。子どもってフットワークが軽いんです。ものすごく集中してたかと思えば、いつの間にか飽きて、またすぐにほかのことに集中し始める。そういうのって心を解放してるからできることだなって、目の当たりにした。みんな小さい頃はできてるんだけど、どんどん忘れちゃうんですよね。でも、きっと誰しもそういうところは絶対あるから、すごく大事だなって。

もりと:インタビュー前は、「ちきさんは天才だから」って結論になるのかなって思ってたんですよ。

きくち:天才ではまったくないです(笑)。

もりと:いまがあるのは家族みんなのおかげだったりもして、きっと1人だとここまでこれなかったですよね。

きくち:本当に僕は周りの人の力を存分に借りてます。

もりと:これからの人たちも、1人でやろうとせずにたくさんの方々を巻き込んでいった方がいいかもしれないですね。

きくち:存分に頼るべきだと思います。自分の才能なんて、所詮大したことないって思っておいたほうがいい。

もりと:誰かに迷惑をかけたり、協力してもらってね。

きくち:編集の方もいろいろ言ってくれるじゃないですか。それに対して「あれ?」て思っても、1回試してみて、違ったらやめればいいわけだから。1回やってみないとわからないことがいっぱいある。素直に1回はやってみる、そういうのが大事な気がしますね。

取材日 2019.7.27
文:MORITORATION編集部